一本のパンツを形にするまでに、気づけば5年もの月日が流れていました。そんなこんなでようやく完成したプロダクトを手に、スタイリストの梶雄太さんとじっくりお話をさせていただくことに。
話題は、70年代のヨセミテに漂っていた空気感から、今の東京という街の「登り方」についてまで。梶さんと、私たちRSVEメンバーによる、少し長めの、けれど終わりのないおしゃべりの記録です。
写真:平野太呂
文:塩川優吾(weroll)
5年間の熟成。パタンナーの手縫いから始まった「本気」
RSVE・A:ようやく、この形でお披露目することができました。でも正直、話し始めてしまえばなんとかなるかなと思いつつ、どう話し始めたものかっていう(笑)。制作の経緯で言うと、もともとはクライミング仲間と一緒にKさんが話をはじめたんですよね。
RSVE・K:そうそう。その時、気に入ってたクライミングパンツがあったんです。でもそれは、クライミングの動作を徹底的にシミュレーションして作られたものだったので、街で履くにはあまりに機能に振り切りすぎていて。切り返しのデザインが過剰というか、いかにも「ギア」としての主張が強すぎたんですね。で、これぐらい動きやすいものでありながらもうちょっと、ちゃんとファッションというか、カジュアルなものを作ろうって話になったんです。そこから、パタンナーさんが自分でミシンを踏んで、手縫いで形にしてくれたのが、この真っ黒なファーストサンプル。これがすべての出発点でした。
梶:5年って、すごいよね。今のファッションのスピード感からしたら、ちょっと考えられないくらいの時間じゃない? でも、その時間がこのパンツの佇まいに出てる気がするんだよ。初めて見たとき、なんとも言えない納得感があったから。
RSVE・A:ありがとうございます。今の市場を見ても、ガレージブランドのパンツってすごく多いじゃないですか。でも、動きやすさを重視しすぎるあまり、シルエットがどうしてもX脚気味になって、普段履くには格好悪いものが多い。それで「普段もいけるやつが欲しいよね」ってスタートして、気づけば5年。その間にもいろんなものが世の中に出ていますけど、逆に今、ドンピシャでそれが欲しいっていう感覚が市場に受け入れられるかなと思っています。
梶:実際に履くと「あ、全然普通のパンツじゃん」って思うんだよね。これ、股はちゃんと開くの? ああ、開くんだ。本当に、言われなきゃクライミングパンツだって分かんないですよ、全然。僕も未だに分かってない、言われないと(笑)。その「匿名性」というか、奥ゆかしさが今の時代にはすごく贅沢に感じるんだよ。

70年代ヨセミテ、「クリーンクライミング」の系譜
RSVE・K:基本的にクライミングウェアって、ハーネスをつける前提だから細身なシルエットが主流なんですけど、最近はボルダリングが若者に人気で、ストリート的なカルチャーも入ってきているんです。それこそ、スケーターみたいな格好で登る子なんかも増えてきているのに、それに対応できるものがなかった。
梶:ヨセミテとかの写真集に出てくる人たちって、あの時代は何ていうの? 昔の70年代ぐらい、みんな普通のアメカジというか、ジーンズにチノパンとかニットを着て岩を登ってるじゃない。あの空気感は何なの?
RSVE・K:もともと、自然は征服する対象だったんですね。アルパインから始まって、スピンアウトしてロッククライミングが勃興してきた。その頃は手段を選ばないピークハント(登頂)至上の世界観だから、ある意味登るためになんでもありだったのが、70年代ぐらいにヒッピーカルチャーと一緒に「自然を傷つけるのをやめようぜ」っていうフリークライミングの思想が出てきたんです。それまでは岩に鉄のクサビをガンガン打ち込んでいたのを、全部抜いて、自然と共存しようっていう「クリーンクライミング」ですね。現代のクライミングはその系譜です。登頂という目的だけでなく、スタイルやカルチャーが生まれてきた時代なのかもしれないですね。
梶:あの時代の写真って、いまだに色褪せないよね。山においても街においても。デニムにコンバースを合わせるなんて、一生おしゃれでいられる永遠の組み合わせじゃない。あの時代のパンツが何だったのか正確には分からないけど、おそらくチノパンだったりして。特に「登るためだけ」の服じゃなかったはずなんだよ。それが結果として、いまだにファッションとして「良い香り」がする。
RSVE・A:今はスポーツ化が進みすぎて、専用の道具や服を買わなきゃいけないムードがありますよね。でもクライマーには「道具を手放していく」という思想もある。スキルが高ければ道具は何でもいい。最新のテックウェアを着るんじゃなくて、登攀技術を高めて、こういう普通の服でも登れちゃうよねっていうノリの延長でやりたいんです。
梶:実際のクライミングをやるやらないに関わらず、その裏側にあるエピソードや意味を知ると、履き続ける理由が後押しされるよね。なんでもないパンツに見えるけど、その裏には思い入れや工程がいっぱい詰まっている。それが表にあらわになりすぎていないところが、一番いいかなって思うんだ。

「土着の魂」と、東京という高い山を登る「夢」
梶: ブランド名の『Rooted Soul Vagabond Eyes』っていうのも、すごくいい言葉だよね。これ、どこから来たの?
RSVE・A: これは、民話採訪家の小野和子さんの「土着の魂、旅人の目」という言葉が元になっています。僕らがブランドを始める前から大切にしていた指針で、実は以前に短編映画のプラットフォームを立ち上げた時のタグラインでもあるんです。
梶: へえ、映画の。なるほどね。
RSVE・K: はい。梶さんと最初に出会ったのも、下北沢の映画館・K2でのオールナイト上映イベントの開催をご一緒してからでしたよね。
梶: そうだったね。あのイベントは最高に楽しかった。僕の中では、RSVEの二人といえば最初から「映画の人」っていう印象が強いんだよ。だから、二人が作るこのパンツの背景にある物語を聞いていると、自然と映画のワンシーンを観ているような感覚になる。
RSVE・A: 嬉しいです。その土地に根を張る「土着性」がないと良いものは生まれないけれど、一方で、旅人のような「斜めからの視点」がないとその価値には気づけない。クライミングという「土着」なカルチャーを、ファッションという視点でどうスライスして見せていくか。僕らにとっては、映画のイベントをやることもパンツを作ることも、根っこでは同じ表現なんです。
梶: 「土着」か。でも、今のファッションって、その「土着の魂」みたいな泥臭い部分が削ぎ落とされちゃってる気がするんだよね。みんなインスタで誰かが通った道をなぞるだけで、そこに「夢」がない。東京という街は、山に例えるなら実は結構高くて難しい道もあるはずなのに、みんな低いところばかり歩こうとする。
RSVE・K: 効率や正解ばかりを求めてしまうんですよね。
梶: そう。だからこそ、今あえて「土着」を掲げて、誰も歩いていない道を行く。それこそがファッションの「夢」だし、希望だと思うんだよ。……ねえ、それならいっそ、俺がこのパンツを主役にした映画を撮っていい?(笑)

映画『卒業』と、ベン・ハーパーの「本物」感
RSVE・A: 梶さんが撮るRSVEの映画、ぜひ観たいです(笑)。
梶: 例えば『卒業』みたいなね。ダスティン・ホフマンが茶色のコーデュロイジャケットを着てるんだけど、それをこのRSVEのパンツに置き換える。ラストシーンのバスの中で、カメラが寄るのは彼の不安そうな顔じゃなくて、実はその「匿名性のあるパンツ」だった……とか。2080年くらいに「2020年代はこのパンツがアイコンだった」って言われるような、そんな「夢」のある映像を撮りたいね。
RSVE・K: 素晴らしいですね。そのまま僕らのブランドのステートメントになりそうです。
梶: 映画もファッションも、やっぱり「魂」が乗っていないと残らないんだよ。最近さ、ベン・ハーパーを20年ぶりくらいに聴いてるんだけど、彼もまさしく「土着」の人でしょ。今何をしているか分からないけど、やっぱり聴くと心がちゃんと反応する。「本物」なんだよね。
RSVE・A: 時代が変わっても、ルーツがしっかりしているものは色褪せないですよね。
梶: そう。デブラ・ウィンガーという女優を追った『デブラ・ウィンガーを探して』っていうドキュメンタリー映画があるんだけど、その中でベン・ハーパーの曲が使われていて。彼女も一世を風靡したのに、ある時ふっとハリウッドから去って、自分自身の生き方を選んだ。そういう、世の中のメインストリームから少し外れた場所にある「誰かの切実な表現」にこそ、僕は惹かれるんだよ。
RSVE・K: まさに情報の林の中で静かに立っている「一本の木」のような存在ですね。
梶: まさにそう。このパンツも、そういう存在であってほしい。大きな流行にはならないかもしれないけど、誰かの人生にグサッとは刺さる。そんな「自分で掘り起こして見つける宝物」みたいな存在に。よし、今日はみんなベン・ハーパーを聴いて帰りましょう(笑)。
RSVE: ありがとうございました!

梶雄太 / スタイリスト
1974年、東京都生まれ。アシスタントを経て、1998年からスタイリストとしてのキャリアをスタート。雑誌、広告、映画など幅広く活動する傍ら、映像制作や執筆などジャンルを問わず表現をし続ける。Instagram @yutakaji_
